東京地方裁判所 平成3年(ワ)17523号 判決 1993年5月25日
原告
大海恵二郎
右訴訟代理人弁護士
駒場豊
同
榎本哲也
被告
岡三証券株式会社
右代表者代表取締役
加藤精一
被告
宮川博光
右両名訴訟代理人弁護士
藤川明典
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告らは、各自原告に対し、八四二万一〇七九円及びこれに対する平成二年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告会社に委託して株式会社セザールの株式(以下、この会社を「セザール」、この株式を「セザール株」という。)を購入した原告が、被告会社の外交員である被告宮川に違法な勧誘行為があったとして、被告宮川に対し民法七〇九条に基づき、被告会社に対し民法七一五条に基づき、原告の被った損害とこれに対する不法行為後の日(購入後の日)である平成二年九月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
一(争いのない事実)
1 被告会社は証券取引を業とする株式会社であり、被告宮川は被告会社(虎ノ門支店)の外交員である。
2 原告は、平成二年七月二七日、被告宮川の勧誘により、被告会社に委託して、近く東証二部に上場予定のセザール株を一〇〇〇株、代金六二〇万円(一株当たり六二〇〇円)で購入した(以下、「本件第一の購入」という。)。
3 原告は、平成二年九月一四日、被告会社に委託して、セザール株を更に一〇〇〇株、代金五三一万円(一株当たり五三一〇円)で買い増し(いわゆるナンピン買い)した(以下、「本件第二の購入」という。)。
二争点及びこれについての当事者の主張
1 被告宮川が本件第一の購入の際原告に対してした勧誘行為は、原告に対する不法行為を構成するか否か。
(原告の主張)
被告宮川は、本件第一の購入を勧誘する際、原告に対し、「インサイダー取引にひっかかるような極秘情報が入った。セザール株は近く東証二部に上場予定で、被告会社が幹事証券会社(以下、「幹事会社」という。)として政策的に株価を上げる。八〇〇〇円まで上げ、一か月から一か月半くらいで一〇〇万円から一五〇万円くらい儲かる。」等と述べ、被告会社が価格形成に影響力を駆使して確実に株価が上がるかのような説明をし、「今日情報が流れているので、借金をしてでも今日買ったほうがいい。」として原告に決断を迫り、原告に本件第一の購入をさせた。
(被告らの主張)
被告宮川は、本件第一の購入を勧誘する際、原告に対し、セザール株が近く東証二部に上場する予定で被告会社が幹事会社であること、三割無償増資をするが権利落ちが戻れば一五〇万円程度は利益が出るであろうこと、従前トランスコスモス株式会社も権利落ち分を無償増資でカバーしたことがあることを情報として提供し、インサイダーっぽい情報である旨を告げたが、値上がりが確実であるとか株価操作ができるかのような説明はしていない。
2 被告宮川は、本件第二の購入の際、原告に対し、被告会社の営業政策として確実に株価が上がる、今が底値であるとしていわゆるナンピン買いを勧めたか否か。
3 本件第一の購入又は本件第二の購入に際して被告宮川がした勧誘が不法行為となる場合、原告はその後被告宮川のこれらの勧誘行為を追認することで損害賠償請求権を喪失したか否か。
(被告らの主張)
仮に被告宮川のした勧誘が不法行為になるとしても、セザール株の株価は平成二年八月一七日に最高値を付けた後は下落していたし、原告によれば被告宮川は同年九月二八日原告に対し、それまでの強気な姿勢から一変して株価下落についての謝罪の言葉を述べたというのである。
しかるに原告は、これらの時点で被告宮川に苦情を言ったりセザール株を売却したりせず、その後も被告宮川や被告会社との取引を継続したから、本件第一の購入及び本件第二の購入を追認し、不法行為に基づく損害賠償請求権を喪失したものである。
4 右1又は2が認められ、3が認められない場合、被告宮川のした不法行為により原告の被った損害はいくらか。
(原告)
本件第一の購入及び本件第二の購入の株式代金合計一一六一万八七三七円とこれらの購入のため借り入れた利息金二〇万円から、原告が平成二年一一月二日にこれらの株のうち一〇〇〇株を売却したことで取得した手数料控除後の代金二〇七万一六五八円と現在まで保有しているセザール株の時価一三二万六〇〇〇円を差し引いた残金八四二万一〇七九円が原告の被った損害である。
(被告)
原告は、前記のとおり株価が下落を始めた平成二年八月一七日以降又は同年九月二八日以降セザール株を売却できた筈である。また、原告は、同年一〇月二四日に被告会社からこれらの株式の現物を全部引き出している。
しかるに原告は自分の意思でこれらの時期に売却しなかったのであるから、原告の主張する損害は被告宮川の勧誘と因果関係がない。
第三争点に対する判断
一争点1(被告宮川が第一の購入に際してした勧誘が不法行為となるか否か)について
1 証拠(<書証番号略>、原告、被告宮川)及び弁論の全趣旨によれば、被告宮川は、平成二年七月二七日午後二時半ころ勤務先の原告に電話をかけ、原告に対し、「『インサイダーぽい情報』である」として、「セザールという不動産会社があり、被告会社が幹事会社として近く店頭取引から東証二部に上場するが、今日購入すると一〇〇〇株で一〇〇万から一五〇万円位の利益を得ることができる。借入れをしてでも購入した方がいい。今情報が流れているので明日になると購入価格が相当高くなってしまう。」旨を告げて強く買付けの勧誘をしたこと、そのため、原告は、それまでセザールについて何の知識もなく、一株六二〇〇円の値がさ株を購入したこともなかったが、被告宮川がそこまで勧めるのであれば確実に利益が上がるものと考え、代金は全額日本証券金融からの借入金で賄うこととして、その場で本件第一の購入を注文したことが認められる。
原告本人の供述及び原告作成の陳述書・折衝メモ(<書証番号略>)中には、「極秘情報である」とか、「被告会社が幹事会社として営業政策・方針で一か月から一か月半くらいで八〇〇〇円位まで株価を上げる」とか、「支店間で遍歴的に買いを入れて株価を上げて行く」旨を告げて被告宮川が本件第一の購入の勧誘をしたとする部分がある。しかし、これに反する被告宮川の供述及びテープ反訳書(<書証番号略>)の記載に照らすと、これらの証拠はにわかに信用することができない。なお、この<書証番号略>中には、被告宮川が「株価が八〇〇〇円位まで上がる」と述べて原告を勧誘したことを同被告がテープの会話中で認めた趣旨ともとれる部分がある。しかし、この部分は、原告のなした種々の問に対して同被告が包括的に答えたものと認められるから、この部分から被告宮川自身が右の勧誘行為を認めたと断定するのは相当でないというべきである。
2 右に認定した事実によれば、被告宮川は本件第一の購入に際し原告に対しセザール株が騰貴するとの断定的判断を示して買付けを勧誘したことは明らかである。
しかし、証券外交員のした勧誘行為が不法行為となるか否かは、勧誘行為が証券取引法の禁止する不当勧誘行為にあたるか否かに止まらず、広く社会通念から見て外交員に許された勧誘行為を逸脱しているかどうかを具体的に検討して判断すべきである。
しかして、証拠(<書証番号略>、原告、被告宮川)によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、二〇年来衆議院に勤務する国家公務員である。昭和五九年ころから勧業角丸証券で投機目的の株式の売買を始め、勤務先に近く便利な被告会社に昭和六三年一一月ころ取引を移した。外交員の勧誘は時に強引であることがあるとして余り好まず、自分で会社四季報等を見たり実際に証券会社で株価の動向を見たりして検討のうえ買付け銘柄を決めるのを原則としている。被告会社との取引では、買付け株数は一銘柄につき一回に一〇〇〇株ないし三〇〇〇株、買付け金額も平成元年六月に株式会社大京を二〇〇〇株購入した際は本件第一の購入額とほぼ等しい六一五万円余に及んだ。従前にも日本証券金融からの借れを利用したことがあった。被告会社での担当はそれまでの女性外交員から被告宮川に代わり、平成二年七月初めに同被告の勧めた株式二銘柄を購入したところ短期間で五〇万円ほどの利益を上げることができたので、原告は被告宮川の勧誘をやや信頼するようになっていた。
(二) 被告宮川は、原告の担当となって間もなくでもあり、原告のため尽力するつもりでいたところ、平成二年七月二七日の少し前ころ、被告会社が幹事会社(副幹事会社)となっているセザールが近く店頭取引から東証二部に上場し三割無償増資をすることが確実であるとの情報を得た。セザールの取引店である自由ケ丘支店によれば、同社の営業成績は良好で無償増資による株価の下落を回復できるだけの内容があるとのことであった。以前に東証二部に上場した会社で無償増資の権利落ちをしたが株価が間もなく回復して利益を上げることができた例があり、これと今回のセザールの場合が似ていると思われたことや、会社四季報等によっても同社の経常利益は上向きであったことから、被告宮川は、他の支店等からも順次買付けが入ってセザール株が上昇するものと考え、株価が上がる前の早期の時点で買付けをすれば必ず利益を上げることができると判断するに至り、原告に対し本件第一の勧誘行為をした。
(三) セザール株は被告会社を幹事会社の一員として平成二年八月一〇日東証二部に上場され、株価も同月一七日には一旦六七〇〇円まで上昇した。しかし、その後は下げ、同年九月中旬に三割無償増資が実施されて更に下落し、折りからの不動産業界の不況等でその後も権利落ちを回復することはできなかった。
右に認定した事実に照らして検討するに、被告宮川のした前記の勧誘行為は断定的ではあるが抽象的であるに止まり、前提となる上場や幹事会社の事実に虚偽はなく、株価が上昇するとの判断についてもそれなりの調査の上での判断であり、殊更に原告に損害を与えるとか騙すとか自己その他原告以外の利益を図る等の動機はなかったところ、原告も社会経験を積んだ社会人で、株式取引もそれまで独自の研究と判断でなしており、株価がさまざまな要因で変動し予測が困難であることを熟知していたと言えるから、原告に対して被告宮川のした前記の勧誘行為が社会通念上許容された限度を超えて不法行為の違法性を有すると認めることは相当でないというべきである。
二争点2(被告宮川が本件第二の購入に際し不法行為となる勧誘をしたか否か)について
原告は、被告宮川が被告会社の営業政策として確実に株価が上がる、今が底値である旨を告げて本件第二の購入を勧誘した旨主張し、<書証番号略>及び原告本人の供述中にはこれに沿う部分がある。しかし、これに反する被告宮川の供述及び<書証番号略>に照らすと、これらの証拠はにわかに信用することができないというべきである。
そうすると、本件第二の購入の際被告宮川が不法行為となる勧誘をしたと認めることはできない。
三結論
被告宮川のした勧誘が不法行為にあたると認めることはできないから、これを前提とする原告の被告らに対する請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(裁判官畑中芳子)